鳥取で農業と養蜂をやっている安藤です。巣箱の中で女王蜂を見つけると、そのまわりを働きバチがぐるっと囲んでいることがあります。
あの輪の中の働きバチ、じつは女王の「伝令係」でもあるんです。
女王のまわりの輪は、なめて集める係
女王のまわりにできる輪は、若い働きバチの集まりです。みんな女王のほうを向いて、触角でさわったり、体をなめたりしています。
お目当ては、女王の体についている「女王物質」。女王の大あごの付け根にある腺(大顎腺)でつくられ、頭や胸、おなかの表面をおおっている、いくつもの成分が混ざったものです。
この女王物質は、空気中にふわっと漂って広がるタイプではありません。なめ取ったり、さわったりして、体から体へ移っていきます。
女王物質の成分のひとつを調べた研究によると、女王の体の表面にあるのは、ほんのわずか。女王が新しく出すぶん、体に取り込まれるぶん、歩いた巣板(六角形の部屋が並んだ板)に移るぶん、働きバチになめ取られるぶんが、つり合って保たれています。いちばん多く持っていくのは、あの輪の働きバチたち。巣板の蜜ろうも、女王物質をため込んだり受け渡したりする場所になっているそうです。
なめた蜂は、早足で巣を回る
問題は、群れの大きさです。女王はふつう1匹なのに、群れは多いと6万匹を超えます。
アメリカの研究者シーリーさんが1979年に報告したところでは、女王が10時間のうちに直接ふれられるのは、子育てエリアにいる働きバチの35%ほど。いっぽう女王がいなくなると、群れは10時間もしないうちに、新しい女王を育てることへの「待った」が外れてしまいます。女王ひとりで回っていては、とても間に合いません。
そこで出てくるのが、伝令係です。女王にふれた働きバチが、体についた女王物質を、女王に会えない仲間のところまで運んでいく。シーリーさんは、この働きバチを「メッセンジャー(伝令)」と呼びました。
2024年には、イギリスとスイスの研究チームが、伝令係の動きをくわしく記録しています。生まれたての働きバチ1万893匹の背中にバーコードのような小さな札を貼り、10の観察用の巣箱で、7日間自動で追跡しました。
すると、女王にふれたあとの働きバチは、ふれる前より速く、まっすぐ歩くようになっていました。その状態が続くのは4分ほど。巣板の反対側へ回り込むことも、少し増えました。社長室から出てきた社員が、早足で各部署を回っていく感じです。
受け取る側も、ちゃんと反応しています。女王にふれたばかりの仲間の頭のまわりでは、ほかの働きバチがその仲間のほうへ顔を向ける傾向がありました。
女王の動き方も一役買っています。女王は、じっと止まって念入りになめてもらう時間と、巣の中を移動する時間を行き来していて、記録では止まっている時間がおよそ6割。計算では、止まっているときは少ない蜂にたっぷり、動いているときはより多くの蜂に少しずつ届く、という違いがありました。
伝令係がどれくらい大事なのかも、計算で比べています。女王にふれた蜂から先の受け渡しをなくすと、女王物質が届く蜂は、群れの25〜40%ほどから、10%未満に減りました。計算の上では、伝令係からの受け渡しがないと、女王の知らせを受け取れる蜂がぐっと減るわけです。
伝令係は、羽化して3〜5日の若手
伝令係といっても、決まった蜂がずっと務めるわけではありません。主に務めていたのは、羽化(さなぎから大人になって出てくること)して3〜5日ほどの若い働きバチでした。女王に引き寄せられる度合いも、女王にふれる回数も、3〜4日目ごろがピーク。そのあとは少しずつ減っていきます。
計算で見ると、生まれたばかりの働きバチは、女王物質を受け取る側でした。それが3〜4日目には、女王物質を渡す相手が3倍ほどに増えて、配る側に回ります。4〜5日目ごろの蜂は、巣板の表と裏それぞれで子育てをしている蜂たちの、ちょうど間をつなぐ位置にいました。
この年ごろは、女王にエサを与えたり、女王がいなくなったときに次の女王を育てたりする役目を、いちばん担う時期と重なります。ローヤルゼリーを出す腺も、5日目ごろにはよく育っているそうです。
女王のいちばん近くにいる若手が、女王の知らせを配り、いざというときには真っ先に気づく。研究チームはそう考えていますが、きちんと確かめるには、さらに実験が必要だとも書いています。
ちなみに計算では、女王物質が届いている割合は、巣の中で子育てをする蜂で4割ほど。外回りの蜂では、1割を超えませんでした。外回りの多い蜂には、社内の回覧板がなかなか回ってこない、というわけです。
女王がいなくなると、早ければ30分で変化が出る
伝令がうまく回っている巣では、女王がいなくなると、30分もしないうちに働きバチのようすが変わりはじめる、という報告があります。1日近くかかったという報告もあって、研究によって幅はあります。
2024年の研究チームも、計算の上で女王を取りのぞいてみました。すると、女王からの供給が止まったあと、女王物質が届いている状態の蜂は、外回りの蜂で36分ほど、子育て中の蜂で1時間ほどで半分に減りました。
群れが大きくなって巣の中が混み合うと、女王物質が全体に行き渡らなくなり、それが分蜂(群れの巣分かれ)のきっかけになる、という説もあります。巣の中が手ぜまになる時期は、伝令係にとっても、回るのが大変な時期なのかもしれません。
巣箱の中では、つい女王ばかり目で追ってしまいがちですが、まわりの輪の若手たちも立派に仕事中です。なめて、走って、配って、女王の知らせを巣の仲間へ届けています。
参考にした研究
Seeley TD (1979) Queen substance dispersal by messenger workers in honeybee colonies. Behavioral Ecology and Sociobiology. https://doi.org/10.1007/BF00292527
Naumann K ほか (1991) Production and transmission of honey bee queen (Apis mellifera L.) mandibular gland pheromone. Behavioral Ecology and Sociobiology. https://doi.org/10.1007/BF00165956
Richardson TO ほか (2024) Pheromone relay networks in the honeybee: messenger workers distribute the queen's fertility signal throughout the hive. BMC Biology. https://doi.org/10.1186/s12915-024-02083-w
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